第3章3-3⑦医療との関わり
院内学級
体調が少し回復してきた頃、主治医から院内学級のすすめがあり、通ってみることになりました。
院内学級は1ヶ月以上の長期入院中の子どもたちが手続きをして通える学校です。
院内学級に通う生徒はみんなそれぞれ病気と闘っていて、治療を受けながら通える時間だけ来ていました。
治療があるからと途中で呼び出されて病室に帰る子、来てもしんどさからつっぷして過ごす子、元気に活動する子、勉強に追われる子…さまざまでした。
はじめて行った日、椿はとても緊張していました。
それに余命宣告を受けた頃から感じていた、身体の変化や繰り返される辛い治療に生きる気力を失っているようでした。
身体と心がまだしんどいこともあり、椿自身は院内学級へ通うことにあまり乗り気ではありませんでした。
でも、行ってみて新しい世界を知ることができ、本当に良い経験になりました。
椿も点滴やドレーンやサチュレーションなど、たくさんの機械を引き連れて教室へ行ったのですが、みんなにも点滴などが付いていました。
椿が付けたことも、見たこともない機械を付けている子もいました。
だけど、そこで過ごすみんなは椿を笑顔で優しく受け入れてくれたのです。
『自分と同じ様に病気と闘いながら頑張ってる子がいる』と、知った椿は、その子たちの笑顔や優しさに触れ、たくさんの勇気と元気と希望をもらいました。
先生もとても気のつく優しい方で椿もすぐ信頼して、安心して過ごせていました。
院内学級では、学習だけをするのではなく、集団の中で過ごせる環境を重視してくれていて、読み聞かせボランティア・大原美術館からのボランティア・絵はがきのボランティアなど様々な方が来てくださっていました。
親も一緒に参加できるようなイベントもあり、心にたくさんの栄養をくれました。
病院スタッフも丁寧に関わり心強くサポートしてくれました。
闘病する子どもたちはそれまで過ごしていた日常から一点、地域の学校へ通うことができなくなり、病院内のベッドの上で病気と向き合うばかりの生活になります。
座っていることが難しくなると勉強はできなくなり、DVDを観たり、ゲームをしたり、音楽を聴いたりして過ごします。
勉強をしなくていいからラッキーという思いもあるとは思いますが、子どもなりに、学校へ行けない不安はあると思います。
そんな中、院内学級へ通えることは同年代の子どもたちと過ごせる貴重なチャンスで、日に日に元気を取り戻していく椿を見て、やっぱり子ども同士でしか共有できない大切なものがあるのだと実感しました。
仲間と出会い、共に痛みを分け合いながら励まし合って過ごす大切な時間の中で、椿自身、得たものがたくさんあったように感じます。
心の信頼
椿が病棟でひとりで過ごすことに慣れはじめた頃、個室に設置されている水道から隠れて水分を摂取するようになっていきました。
体調管理の上で水分制限が必須になっていた椿は、それまで決められた水分で乗り切れていたはずなのに目の前の誘惑に負けてしまったのです。
水分の過剰摂取からむくんでパンパンになった顔とお腹は辛そうで、本人も看護師と話をして反省している様子でした。
でも、いくら反省しても、いくら自分がしんどくなったとしても、一度緩んだ心はスキを見つけるとがまんできず、同じことを繰り返していました。
自宅でも同じでした。監視をしていないとスキを見つけては隠れてコソコソ飲んでしまうようになってしまいました。
入院中は1日の管理票をつけるようになっていました。
項目は体温、食事の量、内服薬チェック、尿量、排便、便の形状、水分摂取量です。これに水分摂取基準を娘と話し合って書き込むようにしていました。
1日に摂取していい水分量1500ccが上限の時は、1時間おきに50cc+毎食時100cc(×3食)+薬内服時50cc(×3回)+夜間200ccといった感じで時間の横にわかるように記入して管理していました。
それを続けていると担当看護師が椿専用の管理票を作ってくれました。
椿専用の用紙にはきちんと名前も印字されていて、水分摂取の目安を書ける欄が設けてあり、そのときどきで決めていた数字を打ち込んでいてくれていました。
ここまで記載してくれているとこちらの手間もはぶけ、毎回変わる看護師との共有もスムーズになりました。
何よりその寄り添ってくれた気持ちが一番嬉しかったです。
それでも椿はベッドの柵を乗り越えて冷蔵庫から勝手にお茶を出して多めに飲んだり、看護師や先生に嘘をついて多めにもらったり、隠れてペットボトルに注いで、隠し持っていたり、本当にいろいろありました。
でも、看護師もその都度、娘ときちんと向き合ってくれました。
夜間に問題が起きた日は、私が朝病院に行くと報告がありました。
「お母さんがいない時間にきちんと管理できずすみません」と看護師に言われる度に胸が痛みました。
でもこれは、椿がこの先ずっと抱えていかなきゃいけない難題でした。
どこに行ってもたくさんの誘惑があります。それをコントロールするのは自分しかいないのです。
きっと看護師からも先生からも何度も話をしてくれたと思います。
私も家で何度も椿と話をしましたが、「しんどくても腹水を抜いてもらえば大丈夫」と理解しているようで、その先の身体のリスクについて考えるのは本人には難しかったようです。
リスクをわかっていたとしても、発達障害の特性の衝動性に該当するため、今この瞬間の欲求で頭がいっぱいになって実行してしまい、後に後悔する事態がおこってしまい、その繰り返しでした。
私自身、離婚したことや、付き添い入院が困難になってしまったことに引け目を感じていたこともあり、私がいない時間帯に問題が起きてしまうことがいつも申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
でも、病棟看護師が
「私達も看護師である前に人間です。
いろんなタイプの人間がいて、椿ちゃんとも合う、合わないが出てきて当たり前です。
喧嘩してぶつかり合ってもいいと思います。
時にはお姉ちゃん、時にはお母さんの様に、いろんな関係であれば良いと思います。看護師も勉強させてもらっています。」
と言ってくださり、救われました。
おまかせして良いのだと心から安心できた言葉でした。
それぞれの先生や看護師が医療従事者としてだけじゃなく、ひとりの人として椿と関わってくれたからこそ、椿はたくさんの人のいろんな優しさを知って、安心して甘えて弱音を吐いたり、自分に正直に過ごせたのだと思います。
それとこの時、以前はなかった入退院センターが設置され、入院中の不安や退院後の患者の不安をサポートしてくれる制度ができていました。
そこから来た入退院支援スタッフは、偶然にも椿が赤ちゃんの頃、小児科病棟でお世話になっていた病棟看護師でした。
椿は覚えていませんでしたが、私は赤ちゃんの頃から知っていてくれる看護師だったからこそ、この時の悩みを素直に吐き出すことができました。
本当によく理解してくれて寄り添ってくれました。
もし、この時この看護師がいてくれなかったら、私は離婚したことや子どもを一人で入院させる罪悪感に押し潰されていたと思います。
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⑦医療との関わり
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