第3章3-3⑤医療との関わり
外来の主治医
主治医は、外来と入院時の病棟での担当が違います。
初めて訪れた救急外来で、椿が心臓病だと診断してくださった先生が、14年間変わることなく椿の外来の主治医でした。
脇先生は、とても優しい先生で、他の心臓病の子の状態が良くない時は、椿のことも心配していつも以上に念入りに診察をしてくださいました。
外来には、最低でも月に1度は通っていました。
調子がよくないときは受診する間隔をみじかく設定したり、主治医の外来日じゃない日でも個別で対応してくれました。
小学3年生から少しずつ症状が現れていたフォンタン術後症候群が明確になった時、それを確信した時の主治医の辛そうな顔を今でも覚えています。
それからは、外来に行くことがほとんどなくなりました。
直接入院することが多くなったからです。
外来で脇先生の診察を受けることがなくなっても、入院中に部屋に会いに来てくれたり、院内の廊下ですれ違ったときも気にかけて声をかけてくれたり、脇先生には最初から最後まで本当にたくさんお世話になりました。
病棟の主治医
入院すると、病棟での主治医がつくようになります。
入院する度に違う先生が担当になることが多かったのですが、小学5年生のころから、フォンタン術後症候群で入院するようになってからの主治医は荻野先生でした。
荻野先生は、説明が丁寧でわかりやすく、患者にも家族にも心から寄り添ってくれる心の優しい先生でした。
椿にとっては初めての女性の先生でしたが、とても信頼していました。
荻野先生は、椿の最後の瞬間に一緒にいてくれました。
荻野先生が産休中の主治医は佐藤先生でした。
佐藤先生は、椿が少しでも快適に過ごせるようにと、勉強熱心に新しいことに取り組んでくださり、急に椿がしんどくなったときや、腹水のドレーンが取れてしまったときなど、もすぐに対応してくださり、休む間もないくらい椿と向き合って最善を尽くしてくださいました。
椿が「病院から出て外で生活する」ということを可能にしてくださったのは、佐藤先生のお陰です。
病棟の担当医
入院中は主治医とは別に担当医も2名ほどつきます。
担当医は定期的に変わるので、たくさんの先生にお世話になりました。
勉強中の先生は若い先生も多く、椿と気さくに関わってくれるのですぐに懐きました。
うれしそうにお話を聞いてもらったり、ゲームに誘ったりしていました。
なかでも、椿は河原先生のことが大好きでした。
河原先生がついてくださっていたのは、毎日これまでに体験したことがないくらいしんどい思いをしていた時期、小学5年生で余命宣告を受けたときの担当医が河原先生でした。
手探りの治療を進めるなかで、椿と毎日しっかりコミュニケーションをとってくれて、少し時間が空いたら話をしに来てくれて、先生とカードゲームをしたり、怖い話を聞いてもらったり、食べものの話をして、椿との信頼関係をしっかり築いてくれました。
椿が治療でしんどいときに、先生が一緒に泣いてくださったことが今でも忘れられません。
佐藤先生も河原先生も今は病院を変わられていますが、「椿ちゃんの病気が治せるように勉強してくるね!」と約束してくれたので、今も目の前の患者さんに真摯に向きあわれていることと思います。
これまで椿に関わってくださった先生は、みなさんいい先生ばかりで、常に「椿ちゃんのために」と真剣に向き合ってくれました。
子どもが治療や病気に対して抱える心の恐怖心にも目を向け、優しく声かけをしてくれる先生ばかりでした。
それが椿にもしっかり伝わっていました。
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