第3章3-3⑫医療との関わり
病気の進行と欲求
椿が中学2年生になったころ、蛋白漏出性胃腸症(たんぱくろうしゅつせいいちょうしょう)の診断がついてから4年が経とうとしていました。
このころ、コロナが猛威(もうい)をふるい、その影響で中学校も休校になり家で過ごす時間が増えていました。
椿は学校が休みになっても、わたしは9:00〜14:00ごろまで仕事に出ていたので、ひとりでお留守番する時間が多くなっていきました。
だんだん視野がせまくなりはじめ、自宅で過ごす時間は自分の欲求を満たすことに一生懸命になっていきました。
主治医から指示があった量よりも多く摂取するようになっていった、水分量と塩分量。
どんどん歯止めがきかなくなって、過剰摂取が続きました。
このころには毎日腹水を抜くようになっていました。
毎日おこなわれる腹水の排液により、体内の血液循環が追いつかず、バランスが崩れていきました。
椿のからだは少しずつ悲鳴をあげるようになっていきました。
椿が自分の欲求を満たす行為は、椿自身を苦しめ病気の進行をはやめてしまうと懸念していたわたしは、椿に「自分の病気と向き合ってほしい」と何度も伝え続けました。
でも、それはなかなか伝わらず、椿にとって1年先、1ヶ月先、1週間先の未来はなかなか見えず、明日の自分のしんどさよりも、今この瞬間の自分の欲求を満たすことで頭がいっぱいでした。
翌日には、摂取しすぎて2倍くらいにむくんでしまう顔とおなか。
あしのゆびまでパンパンで立つことすら痛い日もありました。
伝えても響かないことに限界を感じたわたしは、倉敷中央病院の荻野先生に「椿に改めて、主治医として病気の説明をわかりやすくしてほしい」とお願いしました。
椿の意思と治療方針の改善
訪問診療の菊本先生は2週間に1度の診察のときに、水分制限を守れない、塩分の過剰に取りすぎる、内服薬を飲まないことに対する原因追求をして「どうしたいか」「どうすればいいのか」をいっしょに考えてくれました。
それまでは『病院の先生に指示されていることだから守らせなければいけない』と思って、みんなが椿のためにそれを必死に『守らせよう』としていましたが、本人はあらがっていました。
でも、訪問診療の菊本先生が加わり、見方が一気に変わりました。
「つばきちゃんはどう思う?どうしたい?」「じゃあ、つばきちゃんが思うように1回やってみよう!」と、『椿がどうしたいかを優先する』環境がうまれたのです。
椿に寄り添うという関わり方を意識をすることで、守れない原因が少しずつわかるようになっていきました。
患者である本人の意思を無視して最善の治療を進めようとしても、
患者である本人が納得できていないままでは本末転倒である
という一番大切なことを見失っていたことに気付けたのです。
「子どもだから管理してあげなきゃ」と大人は思うけれど、病気と闘っているのは子どもであっても患者本人です。
もう、椿も中学2年生。
自分の考えで動くことができます。
どんなに管理しようとしても、管理しきれない部分が出てくるのです。
「本人がどうしたいのか」を基準として、医療的にどこまで許容できるのかを話し合う必要がありました。
すぐに医療チーム内で共有してもらい「本人がどうしたいか」を確認しました。
方針が決まってからは病院側とも共有して「椿がどうしたいか」を基準に話をすすめ、実際に椿が納得できるように、実践して体験して考えて決めるという取り組みがはじまりました。
それまでは、制限された量を超えてかくれて飲んでいた+aの椿の欲求量を明らかにして、実際に摂取したい満足量(要望)を聞き入れることにしました。
いつもは「飲み過ぎじゃないの?」と注意していましたが、その時は注意せず、本人の飲みたい量を飲み、実際どのくらいで満足するか、どのくらいでしんどくなるかを明確にしていきました。
隠れてコソコソ同じ量を飲んでしんどくなった時はそれを認めなかったけど、この時はちゃんと「飲みすぎるとしんどくなる」ことを受け止めている様子でした。
2000cc飲めた日は幸せそうだけど、その数時間後にはもうしんどくなってしまうということを改めて実感していました。
1週間体験してみて満足したように「やっぱり1500ccにする」と先生に打ち明けたのです。
自分で決めて実践したからこそ、真実と向き合えた結果だと思います。
でも、このころには椿のからだはもう、むしばまれていたのです。
塩分の過剰摂取に関して、それまでついていてくれた主治医は塩分の過剰摂取は喉の乾きに繋がるし、血管に負担をかけるから控えるようにと言われていました。
でも荻野先生の見解はまた違っていて、「蛋白漏出性胃腸症により血液中のナトリウム(塩分)も流れ出てしまっているため、椿ちゃんは積極的に摂るようにした方がいい」と説明を受けました。
椿はお菓子や塩コショウなどでの摂取を望んでいましたが、それはやめて欲しいと先生から言われ、内服薬として1日3回、塩化ナトリウムが処方される様になりました。
こうしておおやけに塩分を摂取してもよくなり、本人は喜んで処方された塩化ナトリウムを1日2g×3食とっていました。
でも、だんだん塩化ナトリウムの内服がしんどくなっていき、処方された全量は飲みきれない日が増えていきました。
内服薬を飲みたくなくて隠してしまう問題に関しては、以前からお願いしていた荻野先生の『命の授業』を特別にしてもらい、「なぜ、つばちゃんはたくさんのお薬を飲まなきゃいけないのか」や「それぞれのお薬のやくわり」を細かく教えてくれました。
また、それまでは母がしていた薬の配薬(まとまって出る薬を朝、昼、晩とそれぞれわけて管理すること)を椿に自分でするようにしてもらったり、菊本先生にアドバイスしてもらった椿が望むわかりやすいお薬ケースをいっしょに用意して配薬時間のアラームをかけるようにし、その時間に飲み忘れていたら家族が声をかけるように決めて実行していきました。
あと、「粒の薬を指で押し出すのが固くて指が痛い」と椿が言っていたので、お薬取出機『トリダス』をプレゼントして、楽しく内服できるようにしました。
椿がやりやすいように寄り添って工夫することで、お薬を隠すことはしなくなり、すすんで飲めるようになっていきました。
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